2020年12月30日

12月20日 説教要旨

恵みに感謝して応える

2020年12月20日 待降節第4主日・クリスマス礼拝
テトスへの手紙 第2章11-15節
牧師 木谷 誠

クリスマスおめでとうございます。新型コロナウイルスの影響で世界全体が揺り動かされています。本当にクリスマス礼拝をみんなで揃ってできるのか?とても心配でした。なんとかクリスマスを迎えることができてとても嬉しいです。聖書の言葉を通して、クリスマスの喜びを分かち合いましょう。
 「すべての人々に救いをもたらす神の恵み」とは何でしょうか?それはイエス・キリストがこの世界に来てくださったことです。神は、ご自身の愛を、この世界に、私たちに伝えるためにイエス・キリストをお与えになりました。高い天から見守るだけの愛ではなく、地上に降りてきて、人々と共に生きるためでした。神の国について教え、苦しむ人々に寄り添い、寂しい人の友となり、病気に苦しむ人をいやすためにイエス・キリストは来られました。そして罪深いわたしたち人間が神様にゆるしていただくために、イエス・キリストは罪の償いとしてご自分の命を捧げました。それにより、私たち人間は、罪をゆるしていただき、神様の愛する子どもとしていただくことができたのです。神の愛は、言葉だけではなく、行いを伴います。具体的で行動的な神の愛がイエス・キリストの生涯に示されています。これが救いの恵みです。そしてこの恵みはすべての人に与えられます。分け隔てはありません。この恵みをご一緒に確かめ、喜び、感謝しましょう。
 そして、わたしたちはこの恵みに応えていくことが求められています。人間は、もともと神様の愛と恵みに応えて生きる者として造られているからです。ちょっと難しい言葉ですが、これを「応答可能存在」と呼んだりします。私たちの身の周りには様々な誘惑があります。お金、名誉、地位、様々な物、快楽、神様を忘れてしまいそうな誘惑がいっぱいです。どうしたら誘惑に引っ張られないで、神様に喜ばれる歩みに止まることができるでしょうか?
 おかしなことを言います。誘惑に勝とうとするよりも、誘惑から逃れることです。主の祈りには、「われらを試みにあわせず、悪より救い出したまえ」とあります。またコリンとの信徒への手紙第一第10章13節には「あなたがたを襲った試練で、世の常でないものはありません。神は真実な方です。あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備えてくださいます。 」とあります。誘惑は打ち勝つものでなく、会わないようにするもの、逃れるものであると聖書は言っています。それくらい誘惑はとても恐ろしいものなのです。
 そして誘惑から逃れるためには、一番素晴らしいものをしっかりと繰り返し確かめることです。それはイエス・キリストによって実現した「救いをもたらす神の恵み」です。イエス・キリストによって実現した「救いをもたらす神の恵み」にまさるものはありません。私たちは時々、一番大切なことを忘れて、そんなに大切でないことに心を奪われてしまいます。そして大きな過ちを犯してしまいます。クリスマスの大きな喜びをご一緒に確かめることが、様々な誘惑から離れる最も良い方法です。そしてこの大きな恵みに応えて、神様に喜ばれることを常に求めて生きることこそ、クリスマスに示された神様の恵みに対する正しい応答、「応え」なのです。神様の恵みを常に確かめ、感謝して、応える。クリスマスにこのことをまず確かめたいと思います。そしてイエス・キリストは再びこの世界に来てくださいます。救いを完成してくださいます。この世界が、どんなに揺れ動いても、この約束は変わりません。この約束を信じて、希望を持って歩んでいきましょう。クリスマス、おめでとうございます。
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2020年12月23日

12月13日 説教要旨

恵みに感謝して応える

2020年12月13日 待降節第4主日・告知
マタイによる福音書 第1章18-25節
牧師 木谷 誠

 ヨセフはイエスの父です。イエスの母マリアはとても有名です。ヨセフはあまり目立ちません。私は、子どもの頃、教会学校のクリスマスページェントでヨセフの役をしました。だから、ヨセフが大好きです。しかし、教会のクリスマスでは、むかしからヨセフが目立たないことが不満でした。「本当はヨセフもマリアと同じくらい偉いのに、どうして目立たないの?」と思っていました。
 ヨセフは、マリアが聖霊によって妊娠したと聞いて、とても驚き、戸惑いました。これから結婚する女性が、妊娠したなんて大変ショックなことです。「聖霊によって」と言われても、とても信じられません。ヨセフは、正しい人でした。そしてマリアを愛していました。このままだったら、マリアの妊娠がみんなに知られてしまいます。そうするとマリアは、死刑になるかもしれません。ヨセフは、愛するマリアを救うため、そして自分の名誉を守るために、マリアと密かに別れようとしました。
 しかし、夢に天使が現れました。そして「マリアの産む子は、救い主となるのだから、マリアと結婚しなさい」と言いました。ヨセフはますます戸惑ったと思います。「そんなこと言われても、やっぱり無理。」それが普通です。しかし、ヨセフは天使の言葉に従いました。天使の言葉を信じたのです。「信じる」ことは、とても単純ですが、とても難しいことです。信じるためには、勇気や忍耐が必要です。なぜならこのままヨセフがマリアと結婚したら、ヨセフは、世間からなんと言われるかわかりません。ひどい目に遭うかもしれません。それでも結婚するのには、勇気が必要です。酷い目に合うかもしれませんから、忍耐が必要です。「変な夢だったなあ」と簡単に考えて、忘れてしまったら良いことです。しかし、ヨセフは信じました。なぜ、ヨセフは信じたのでしょうか?ヨセフが偉かったから?そうでしょう。でも、それだけでしょうか?私は違うと思います。もっと大切な理由があります。そしてそれをしっかりとつかむことで、私たちもヨセフのように信じることができるようになることができます。
 ヨセフが信じることができた第一の理由は、天使の言葉が、力強くヨセフの心に迫ってきたからだと思います。「この子は自分の民を罪から救う」、この子によって、神が我々とともにいてくださる、この知らせがヨセフの心に力強く迫ってきたからです。この時、聖霊(神様の目に見えない力)がヨセフの心に働いたからです。ヨセフが偉かったから?もちろんそうでしょう。それ以上に、天使を通して、神様が力強くヨセフに語りかけたから、それが一番の理由です。
 それでも、信じない人もいます。そんな人も聖書には出てきます。ヨセフが信じたのはなぜか?ヨセフが信じることができた第二の理由は、ヨセフがすぐに否定しないで、ゆっくりと深く天使の言葉を考えたからではないでしょうか?マリアも心に留めて思い巡らす人でした。すぐに否定しないで、一度受け止めてゆっくりと考えてみる。その中で、神様の言葉がもっと強く心に迫ってきます。そして信じることができるようになるのです。そのためには祈りも必要です。ヨセフも一生懸命祈ったのではないでしょうか。
 今、コロナ危機の中で、信じることがとても難しくなっています。不安がいっぱいです。コロナも怖いけれど、人を信じることができなくなることは、もっともっと怖いことです。そんな今、このヨセフのように「信じる」ということは、とても大切なことです。ヨセフのような信仰、勇気、忍耐は、コロナ禍の今でこそとても大切なのです。大きな不安と戸惑いの中で、私たちもヨセフのように神様の愛と導きを信じ、勇気と忍耐を持って、生きていきたいものです。私たちもできます。そのヒントがこのヨセフの物語にはあります。
 神様は、聖書の言葉を通して、今も私たちに語りかけています。私たちも、ヨセフのように勇気と忍耐をもって、信じる人になることができます。そのために、神様の力強い言葉をいただきましょう。聖霊をいただきましょう。神の言葉をゆっくりと心に留めて思い巡らせ、祈りましょう。その中で、ヨセフのような信仰、勇気、忍耐を神様は私たちにも与えてくださいます。
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2020年12月14日

12月6日 説教要旨

先駆けとなる者たち

2020年12月6日 待降節第2主日・アドヴェント
ローマの信徒への手紙第16章25-27節
マタイによる福音書 第11章2-15節
牧師 木谷 誠

先週よりアドヴェント礼拝になりました。アドヴェントの礼拝のテーマは、キリストの再臨 旧約の神の言葉 先駆者 告知 そしてクリスマス(キリストの誕生)となります。今週は「旧約の神の言葉」、「先駆者」を一つにしてお伝えします。
 ローマの信徒への手紙では、私たちを本当に強めてくれるものは何かを教えています。それはイエス・キリストの福音です。イエス・キリストがこの世界に来て、神様の愛を私たちに与えてくださいました。そして十字架にかかり、ご自分の命を捧げ、私たちの罪を、私たちに代わって償ってくださいました。それにより、私たちは罪をゆるしていただきました。そして、神様の愛をいただいて生きることができるようになりました。この福音が与える神様との愛の交わりが私たちを本当に強くしてくれます。人は本来神様との交わりの中で生きた者となるからです。その福音は旧約の預言者を通して、すなわち旧約聖書の言葉を通して伝えられるのです。
 そしてその「宣教」、すなわちこの福音を、誰かに伝えることによって、私たちはさらに強められます。福音を信じた人は、それを誰かに伝えることで、福音をより深く味わうことができます。更に私たちが福音を誰かに伝えることを神様は喜んでくださいます。そして私たちを祝福してくださいます。だから私たちは福音を伝えること、宣教することによってもっと強められるのです。
 マタイによる福音書では、洗礼者ヨハネは最後の預言者として描かれています。預言者は、神の言葉を預かって伝える人です。洗礼者ヨハネは、預言者として力強く語りました。しかし、ヘロデ王はヨハネを牢屋に入れました。ヨハネが伝える神の言葉は、ヘロデ王には都合が悪かったのです。捕われたヨハネはイエス・キリストに使いを送り、「来るべき救い主はあなたなのですか?」と尋ねました。イエスはこの問いに対して、「5 目の見えない人は見え、足の不自由な人は歩き、重い皮膚病を患っている人は清くなり、耳の聞こえない人は聞こえ、死者は生き返り、貧しい人は福音を告げ知らされている。」と答えました。
 みなさん、この意味わかりますか?私は全然わかりませんでした。実はこのイエスの言葉は、旧約聖書のイザヤ書26章19節、61章1節の言葉です。ヨハネの問いに対して、イエスは「旧約聖書の預言者イザヤが語ったことが今実現しています」と答えたのです。洗礼者ヨハネにはそれで十分でした。イエスの答えの意味が私はわかりませんでした。でもよくわからないイエスの答えは実はベストアンサーだったのです。預言者たちの言葉、旧約の神の言葉がイエス・キリストによって実現したことが明らかになりました。最初にお読みいただいたローマの信徒への手紙16章の「26 その計画は今や現されて、永遠の神の命令のままに、預言者たちの書き物を通して、信仰による従順に導くため、すべての異邦人に知られるようになりました。」の中の、預言者たちの書物を通してというところはこうして実現たのです。
 続いてイエスは人々が洗礼者ヨハネとの出会いを大切にしなかったことを責めました。洗礼者ヨハネは偉大な預言者だったのに、ヘロデも、あなた方もヨハネのメッセージを受け入れなかった。ヨハネとの大切な出会いを無駄にしてしまったと言うのです。それは旧約聖書の時代にイスラエルの人々が預言者たちの言葉を受け入れなかったことと同じです。尊い神の言葉を受け止めないで、神に背いてしまった愚かな歴史が何度も繰り返されました。
 ヨハネとの出会いを無駄にしないために、私たちは今、改めてヨハネの告げるメッセージを聞きましょう。洗礼者ヨハネの伝えたメッセージは悔い改めです。イエス・キリストの準備をする者、先駆者としての洗礼者ヨハネは悔い改めを伝えました。この洗礼者ヨハネの悔い改めの勧めに従いましょう。神様の前で自分を振り返り、反省しましょう。そして神様に喜ばれる生き方を始めましょう。この悔い改めこそ、イエス・キリストを心にお迎えする最も良い備えとなります。
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