7月12日 説教要旨

命の回復

2020年7月12日 聖霊降臨節第7主日・(生命の回復)
ホセア書 第14章2−8節
牧師 木谷 誠
 
 イエスという方、「救い主」、「真の愛の人」、確かにそうなのですが、福音書の物語を読んでいるとそれだけではなく、かなり変わった人という印象もあります。ユダヤ人に対する歯に衣着せぬ厳しい批判、あえて弱い者の立場に立った行動の故に、イエスを慕う人も多かったでしょうが、それと同時に敵も多かっただろうなと思います。実際、イエスが十字架にかけられてしまった時には、周りは敵ばかりになってしまっていました。
 さらにヨハネによる福音書を読んでいますと、イエスという方を「謎の人」と呼びたくなります。イエスの言葉に人々も弟子たちも戸惑うからです。ある時、ニコデモに対して「新しく生まれる」という言葉で戸惑わせました。またある時には「私のいるところにあなたがたは来ることができない」と言いました。それを聞いた人々は「自殺でもするのだろうか」と戸惑いました。そのようにイエスの言葉は時として人々には謎のように聞こえていたと思います。
その意味でイエスは、弟子たちや多くの人々にとって、「謎の人」というイメージがあったことでしょう。
 本日の聖書箇所でもイエスは、「わたしにはあなたがたの知らない食べ物がある」と言われました。弟子たちからしますと「またか」と思ったかも知れません。ここでもイエスの言葉は、聞く人を戸惑わせます。でも、イエスは謎めいた言葉を語る時にはその後にきちんと解説してくださいます。「わたしの食べ物とは、わたしをお遣わしになった方の御心を行い、その業を成し遂げることである。」と言うのです。この意味を考えてみたいと思います。信仰生活は理論ばかりではありません。頭の中で考えてばかりでは信仰生活の真の喜びはわかりません。神様の御心を求め、実際に実践することが必要です。
 神様の御心とは何か、それを知るためには、それを深く心に刻み込むためには、聖書を読み、祈ることが必要です。兄弟姉妹とともに神様を礼拝し、集会を守り、神様の愛をいただいくこと、それを兄弟姉妹と分かち合うことが必要です。そして神様の愛を喜び、神様を愛し、神様に喜ばれることを実際にやってみるのです。その中で神様の御心が示されます。聖霊が私たちの心に働きかけて示してくださいます。それをどんなに小さなことでもやってみましょう。そのように実践する生活の中で、豊かな手応え、喜びが与えられます。その実践の喜びによって信仰生活は強められ、励まされ、育てられます。イエスはそれを言いたかったのです。日々の生活の中で、神様に喜ばれることは何であるかを常に考え、それを行う。どんなに小さくても良いからできることを、神様の御心だと信じて行うこと。そして常にそれを問い続けること。その営みの中で人は豊かに養われる。さらにその豊かな喜びを周りの人と分かち合うことができるとイエスは言われます。これはやってみて、経験してみなければ分かりません。
 自分が神様の御心だと信じることを思い切ってやってみましょう。そこから神様の御心は何かを問い続ける旅路が始まります。問い続ける旅路です。これで良いということはありません。日々繰り返し、神様の御心を行い続ける旅路です。そして神様の御心を行う旅路です。つきることのない喜びの旅路であり、それは神様の身元へと続いています。そんな神様の御心を問い続ける旅、行い続ける旅路をご一緒に歩んで参りましょう。
(祈り)
神様、私たちに御心をお示しください。そしてそれをやってみる勇気と力をください。
アーメン。

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