2021年04月14日

4月4日 説教要旨

死に打ち克つ交わりの朝

2021年4月4日 復活節第1主日
復活日イースター(キリストの復活)
ヨハネによる福音書第20章11-18節
牧師 木谷 誠

 本日は、イースター、復活日の礼拝です。みなさま、イースター、復活日おめでとうございます。イースターは、イエス・キリストが十字架にかかって死なれた後、三日目によみがえられたことを覚える祝いの祭りです。コリントの信徒への手紙第一第15章3節から5節にはこう書いてあります。「3 最も大切なこととしてわたしがあなたがたに伝えたのは、わたしも受けたものです。すなわち、キリストが、聖書に書いてあるとおりわたしたちの罪のために死んだこと、4 葬られたこと、また、聖書に書いてあるとおり三日目に復活したこと、5 ケファに現れ、その後十二人に現れたことです。―中略―8 そして最後に、月足らずで生まれたようなわたしにも現れました。」。キリスト教の「最も大切なこと」はイエス・キリストの死と復活の出来事、そのメッセージです。復活のイエスが現れてくださった。マリア、そして弟子たちに出会ってくださったことによってキリスト教信仰が始まりました。それゆえにイースターはキリスト教にとって最も「大切なこと」なのです。ではそれはどんな出来事だったのでしょうか?
 安息日の翌朝、マリアがイエスの墓に出かけたところ、墓は空でした。マリアは大切な主イエスの遺体に香油を塗り、墓の中をきれいにしようとしていたのでしょう。空の墓を見て、マリアは驚き、悲しみました。マリアは、罪深い自分を救い、人生に希望を与えてくれた主イエスとの大切な思い出が奪われてしまったように思えたからです。しかし、それは大切な過去が奪い取られたということではありませんでした。イエスは死んでしまった「過去の人」ではないというメッセージだったのです。イエスはマリアが見ていた墓の中ではなく、墓の外におられました。イエスは死の中に閉じ込められてはいなかったのです。イエスは生きておられたのです。不思議なことに、マリアは復活のイエスを見て、それがイエスだとはわかりませんでした。イエスの顔をマリアが忘れたのでしょうか?そうではありません。マリアは過去ばかりを見ていたからわからなかったのです。  
 イエスは過去の人ではなく、今、生きて働き、出会ってくださる方なのです。過去ばかり見ていては復活のイエスは見えません。イエスは、死に打ち克ち、今、生きておられます。心の眼差しを過去から今に向ける時、復活のイエスに気づくことができるのです。復活のイエスは言われます。「私にすがりつくのはよしなさい。」イエスは、「過去の思い出にばかり心を向ける(すがりつく)のはよしなさい。私は今、生きている。あなたと共にいる。そしてあなたたちの救いをさらに確かなものにするために天に昇る。そして私に代わって聖霊が降り、いつまでもあなたたちと共にいる。」そのような救いの約束を実現するためにイエスはよみがえってくださいました。この死に打ち克つ出会いの朝の物語は、今の私たちにも力強いメッセージを伝えてくれています。イエスは、死に打ち克ち、天に昇られました。そして今は聖霊の働きによって私たちといつまでも共にいてくださいます。聖書を読み、祈る中で、その聖霊の働きを私たちもいただくことができます。そしてイエスは私たちと共にいてくださるのです。その祝いの祭りがイースター、復活日なのです。みなさま、イースター、復活日おめでとうございます。
posted by 日本キリスト教団今治教会 at 10:03| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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