2021年04月29日

4月18日 説教要旨

上にあるものを求めなさい

2021年4月18日 復活節第3主日(新しい命)
コロサイの信徒への手紙第3章1-11節
牧師 木谷 誠

「洗礼を受けたのに全然変わってない…」という声を聞くことがあります。実は私自身がそう思っていました。今では、「17歳の時に洗礼を受けて44年経つのに、全然変わっていない。かえって悪くなっているかも・・・」などと思う時もあります。もちろん、洗礼を受けて、はっきりと生き方が変わった、明るくなったという方もおられます。自分で自分を振り返り、「変わった」とか「変わっていない」とか、判断することも大切です。しかし、それ以上に大切なことがあります。それは神様が自分をどう見ておられるかということです。本日の聖書では「あなたがたは、キリストと共に復活させられたのですから」という言葉で始まります。この言葉を聞くと私たちはドキッとします。
「えっ、私たちは死んだの?」などと思ってしまいます。どういうことでしょうか?これは、神様が私たちをどう見ておられるのかということを示しているのです。イエス・キリストを救い主として信じて洗礼を受けた人は、それまで自分が信じていたものから別れて、イエス・キリストを信じて生きると決心した人たちです。そして新しくイエス・キリストを信じる生き方へと導かれました。それが「復活させられた」ということなのです。そういうわけですから、神様から見たら、洗礼を受ける前と洗礼を受けた後では、明らかに変わっているのです。私たちは、イエス・キリストを信じて、新しい生き方、新しい命へと導かれているのです。ただし、この新しい命は、まだ完成されているわけではありません。完成は、イエス・キリストが再びおいでになって救いを完成してくださる日を待たなければなりません。私たちはこの新しい命をいただいて、救いの完成に向かって歩んでいるのです。
 その上で「上にあるものを求めなさい」と勧められています。これはどういうことでしょうか?手がかりは本日の聖書の少し前の第2章6節にあります。「あなたがたは、主キリスト・イエスを受け入れたのですから、キリストに結ばれて歩みなさい。」常に自分の主はイエス・キリストであることを覚えて、この方につながって生きることが求められているのです。イエス・キリストは私たちを愛してくださっています。いつも私たちにつながっていてくださいます。いつも共にいてくださいます。聖書を読み、祈ることで、私たちはそのイエス・キリストの愛を実感することができます。その愛されている喜びが、生きる力を生み出します。この生きる力によって、私たちは古い自分の生き方ではなく、イエス・キリストの喜ばれる新しい生き方を求めて歩むことができるようになります。そして聖霊の助けをいただいて、私たちは「上にあるものを求めて」歩むことができるようになるのです。
posted by 日本キリスト教団今治教会 at 19:58| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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